映画「BASURA」(バスーラ)

バスーラのチケット

バスーラ
それはフィリピンの言葉・タガログ語で「ゴミ」を表す。そのゴミを集めた場所、マニラの巨大ゴミ捨て場をスモーキーマウンテンという、私が普段観ないテレビから音声でその言葉をキャッチしたのはつい先日のこと。その時映画の存在は知らなかった。(メディアでも多数紹介されているのです。)

が、ひょんなことから、家族でこちらの映画を観ることになった。

東京都写真美術館

何処の映画館でも観られるものではなく、場所が限られている。
私は恵比寿の東京都写真美術館へ向かった。

東京都写真美術館
http://www.syabi.com/index.shtml

東京都写真美術館入り口

バスーラのポスター

映画監督の四ノ宮さんがスモーキーマウンテンで生活する人々のドキュメンタリの制作のため、フィリピンのマニラを訪ねたのは20年前。あらためて訪ねたマニラは既にスモーキーマウンテンが閉鎖されたが、決して貧困が解決したわけではなかった。

フィリピンの貧困の象徴であったスモーキーマウンテンを政府は閉鎖し、さて人々の生活はどうなったのだろうか・・・、
この流れでドキュメンタリは続いていく。

レオ(年少)とアン(1年生)も一緒に観に行ったのだけど、タガログ語や英語のところは字幕なので、それを耳元でささやいたり、解説したりする必要があった。時系列を説明し理解させるのはなかなか難しかったが、映画デビューのレオさえ、静かにじっと最後まで映画を見続けた。

日本では観たことがないようなところに住んでいる子ども達。そして街中のゴミの中から換金できる資源を探している人の中に年端もいかない子どもが混ざる。
みんな日々の生活で一杯いっぱい。
ショックだった。20年前の映像も間に挟んでいるのだけれど、フィリピンの状況はなんら変わっていないように見える。これで良いのだろうか。
人として手伝えることはあるんだろうか・・・・。

そして同時に毎日が必死で生活している彼らだからこそ、日々生きられることに感謝し、家族のことを祈る姿が焼き付く。家族の結びつきがなんだかとても羨ましかった。

実はこの映画の後、映画監督の四ノ宮さんのお話を聞く機会を頂いた。(メモから書き起こしているので、正確でない部分が混ざる可能性もあります。)

1989年の1月からフィリピン・マニラのスモーキーマウンテンで撮影を始めたとき、これは自分が想像していた地獄だと思った。

マニラ市民900万人のうちの成人の50%が無職という現状。
フィリピンではごく少数の富豪が90%の富を掌握し、残り10%の富を残りの市民が分け合っているという状態なのだと言う。

スモーキーマウンテンを撮影しだしたある日、その場所の住民会議で、撮影拒否を言い渡された。
理由は簡単。自分たちを撮影して金儲けの手段にするのはやめて欲しいというのだ。その時、どうしようかと考えて、そこの住人になって生活を始めることにし た。それからは撮影拒否はなくなった・・・。日本にいては自分の限界を超えるような機会はなかなか無いが、自分の限界を超えてみようと思った・・・。

四ノ宮さんは威圧感があるわけでもなく、肩書きをひけらかすわけでなく、かといってへりくだるわけでもなく、本当に柔らかな感じの方だったので、私も構えることなく受け止めることができた。

生きていることさえ、ありがたい。
そんな目をしている人たちに何か出来ることはないだろうか・・・。

映画の中の主役のひとり、クリスティーナの住所が公開されているそうだ。
使わなくなった、鍋、洋服、私のところに送って下さい・・・。
-いろんな応援の仕方がある。

応援の仕方が分からなかったとしても、何かまず感じて欲しい。
ぜひ、観て欲しいと呼びかけてみたくなる素晴らしい映画を観た。

(・・ところが私はアンやレオに解説しながらだったので、ある意味抜けてしまって観ている部分もないとはいえないので、ぜひ、機会がある方はこの映画を観て欲しいです。哀れむような映画ではありません。力強く生きている人々にまず目を向けて下さい。)

BASURA (上映は7/24まで!!)
http://www.basura-movie.com/top

コメント

  1. BASURA バスーラ

    四ノ宮浩監督は、これまでにフィリピンの貧困層、特にゴミ捨て場ないしその周辺に居住し、ゴミから利用可能なものを拾うということでやっと生活する人々・・・単に人…

  2. cage より:

    あおいさん、こんにちは。
    監督さんの言葉、『出会った人のために生きる』
    に、心打たれました。淡々と話される方ですね。
    カルカッタのゴミの山の中に捨てられた赤ん坊を
    育てた、マザー・テレーザさんの活動を連想しました。
    フィリピン、ブラジル、ケニア、パプアニュー
    ギニア、その他の国に、このようなゴミの山が
    存在するし、スラムがある。毎日、神様の贈り
    ものである子供達が死んでいく最悪の環境がある。
    私が7歳くらいの頃、京都にもありました。魚が腐っ
    た様な悪臭とゴミの山が。道は、泥んこで、土の中に、
    ゴミが混じっていました。私の人生観を変えたのは
    このゴミの山に衝撃を受けたことだったと思います。
    できることから、小さなことでもいいから、
    何かしらできる応援の仕方が私にもあると思い、
    UNICEFに、僅かですが支援金を送っています。
    こちら方面でも上映されることがあれば見に
    行きたいです。中高生以下は無料なのは子供達に
    親を変えて欲しいと云う監督さんの強い気持ち
    の表れなのですね。素晴らしい映画の紹介をして
    くださった、あおいさん、どうもありがとうござ
    います。

  3. あおい より:

    ★cageさん
    cageさんの方がよくご存じみたいです。夫の子どもの頃も近所にゴミの山があったと言います。マニラではそのゴミの山から人海戦術でリユース、リデュース、リサイクルが行われているのに衝撃を受けました。
    街に出て児童売春や盗みをして生活をしている人たちもいます。ですがそんなことをしたくないと、スモーキーマウンテン周辺でゴミを拾って生活している人たちもいます。人間が人間らしく尊厳を持つというのはどういうことなのだろうか、と思います。
    映画を子ども達がおとなしく見るだろうか、ということはありました。cageさんがおっしゃっているように、この映画は中高生以下は無料なんですよね。監督の意図を汲んでぜひ、見せたいと思いました。子ども達にどこまで伝わるかは分かりませんが、夜の回でも幼稚園生くらいの子ども達が結構観に来ていたようです。映画の中では悪臭は伝わりません。このゴミは日本のごみと違ってあらゆるものが捨てられていて、人間の手足や、赤ん坊の死体があることさえあるそうです。実際映画の中では人間の足が映されました。
    フィリピンの貧困はどうにもならないものではなく、一部の人間が富を掌握していることが原因です。方法はあるように思うのですが、どうしてその人達が何も感じないのか不思議でたまりません。
    毎日を真剣にいきるまなざしに自分の生き方を考えざる得ません。
    私も長いこと、あちらこちらに寄付金を送っていたのですが、子どもが生まれてからはお金をただ送るというのがつまらなく思えて止めてしまいました。ですが、子ども達と世界、もしくは日本のお友だちの為に出来ることを相談できたらと思います。
    cageさんのコメント大変嬉しかったです。よく調べて下さったんですね。お返事が遅くなってすみませんでした。