熱海駅前・家康の湯(足湯)、間歇泉 

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熱海駅前熱海まぐろやでランチを食べた後(過去記事>>こちら)、駅前の足湯に浸かっていこうということになりました。

足湯に浸かる、あおいとレオ

 


私も勿論足湯に浸かってみました。
やや熱めのお湯ですが、慣れるとちょうどイイ感じでした。冬だからかな?
子ども達も最初は熱がっていましたが、すぐ慣れました。

 

家康の湯

こちら、家康の湯と呼ばれている足湯です。

この足湯は1604年3月、徳川家康が7日間熱海に逗留した史実の400周年記念事業として整備され、1999年12月10日熱海温泉組合により、熱海市に寄贈されました。

四代将軍家綱は熱海の大湯を御用汲湯として江戸城に運ばせました。この御用汲湯と呼ばれた温泉宅配便は、八代将軍吉宗の時がもっとも盛んで8年間で3643樽が運ばれたという記録が残っています。

江戸城までの15時間、「御本丸御用」の日の丸の旗を立てて走るその風景から「熱海よいとこ 日の丸たてて 御本丸へとお湯がいく」という唄が生まれ、江戸城に入ること、ちょうど良い湯加減になっていました。
(案内板より)


家康の湯説明2

足湯には100%本物の温泉を使用していますし、掛け流しだそうです。
間歇泉の噴出はリアリティーを追求したそうです。
確かに定期的に吹いているサマが別府の地獄巡りでみた間歇泉のようで迫力がありました。
こちらの場所では飲食は禁止です。

足湯の利用時間9:00~16:00まで

軽便鉄道機関車

この家康の湯のすぐ隣にあるこちらはおもちゃでも模型でもなくて、実際に使われていた軽便鉄道機関車です。

軽便鉄道は、明治40年12月25日に雨宮啓次郎翁が当時人車軌道であった熱海鉄道を蒸気機関車による軌道に変更し たもの。
大正9年、熱海軌道組合と名称を変更したが、国鉄熱海線の開通とともに大正11年1月一部廃止、大正12年の関東大震災により、ほぼ全線が崩壊し たため、同年9月21日廃業しました。 

その後、昭和46年4月29日熱海駅前に移され、昭和50年12月間歇泉造成工事の際現在の場所に移され、昭和51年10月14日鉄道記念日に、旧国鉄より「七号機関車」という名称で準鉄道記念物第一号に指定されました。

 
熱海市による熱海駅前のご案内(家康の湯他)
http://www.city.atami.shizuoka.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1179452284919&SiteID=0000000000000&FP=toppage