現在は状況が異なる可能性がありますのでご注意ください。
(建御柱 前宮四の担当の氏子さんたち)
7年に1度の奇祭。諏訪の御柱祭のお話しです。
祭りの内容を知れば知るほど諏訪という地域に興味を持ちます。
これほど昔からこのお祭りが成立しているのであれば(詳しくは以下のリンク先の過去記事を参照。)、お祭りに対する記憶がDNAに書き込まれているのかもしれないと思うほどに諏訪地方ではこのお祭りを大切にしています。諏訪の方たちはアツイ。地元の人たちが一丸となって町を祭りを盛り上げる姿にただただ圧倒されます。
御柱についての記事は1、2、3、4・・・。(1は前振りだけです。)
御柱の祭りとはなんぞや??ということについて書いています。
今日の記事はその続きになります。
(④記事では四之御柱が遅れて前宮に到着するまでの事を書きました。)
(上社前宮四)
私たちが拝んだ、前宮の建御柱。
上社前宮の社殿の周りに4本の御柱を建てるのですが、一之御柱から順に建てていくので四之御柱が一番最後です。
ですが一~四之御柱までの建御柱の手順は一緒。
ただ、上社では本宮、前宮いづれも「一之御柱」が最も長さがあり、18mあります。以下1.5mずつ短くなるそうで、四之御柱になると長さは 13.5mになります。
(※ 下社の秋宮、前宮の一之御柱の長さは共通。上社と異なり、18.8mと上社に比べて長いです。やはり以下1.5mずつ短くなり、四之御柱では14.3mになります。)
建御柱の神事の流れ
「位置直し」・・柱を動かして所定の位置に建てやすいように配置する。
↓
「冠落とし」・・柱の頭の部分を三角錐に削り落とします。
↓
「建御柱」・・ 柱を建てます。
簡単に書きましたが、お祭りですからひとつひとつが神事で賑やか、時間もかかります。
例えば、冠落としもチェンソーでがが~っ、とやれば、早いわけですが手作業で時間を掛けて行います。
本来前日に到着しているはずの四之御柱が、建御柱のその日に到着しました。
(上社前宮四)
そして部落ごとに集合しているらしく、旗を立てて並んでいます。
この場所にいるのは氏子さんの中でもお役目のあるような、担当地区の限られた氏子さんのみです。
地区毎にハッピの色やデザインも違いますが、スタイル自体はそう変わりないです。
地元の新聞広告で見つけてしまいました。
これが祭りのスタイル(衣裳)らしい。ワークマンさんで揃うみたいです。
ブログに勝手にアップさせて頂いています。もしマズイようでしたらご連絡下さい。削除します。
このスタイルに法被(ハッピ)を着るって感じです。着ていない方もいらっしゃいます。
黄色のシャツ部分はみなさん、確かにハイネックでしたー!!
色は部落ごとで違うようです。同じユニフォームで益々地域の連帯感が生まれるでしょう。
では、話を祭りの流れに戻します。
(前宮四)
前回は四之御柱が到着しました~!まででしたね。
こうやって綱を引く方たちがたくさんいらっしゃって、号令に合わせて曳いていきます。
(前宮四)
御柱が到着です。
と言っても、人が多すぎて何やらわからないでしょう??
(前宮四)
蛍光色に近い黄色のハイネックを着たお祭りスタイルの氏子さんたち、ちょっと他の方たちより高い位置に立っているのがわかりますよね。
この方たちが御柱に乗っているのです。御柱の重さ+乗っている氏子さんの体重。それを曳くのは並大抵のことではないのです。
(前宮四)
位置直しをしています。
(前宮四)
位置直しです。てこの原理で一斉に棒の力で動かしています。
(前宮四)
中心に御柱。
祝詞をあげ気持ちを静粛に保ちます。この祝詞の後、冠落としです。
(前宮四)
代わり番こに冠落としをします。
ナゼ三角錐に削り落とすのか、私の方で理由がわかっていません。情報が入りましたら記事に追加します。
・・・父に寄ると三角錐に切り落とす理由は水が溜まらず、腐りにくいから、ということでした。本当かな??
(前宮四)
こんなに大勢に囲まれて観られながら、交代交代で木を削っていきます。
(前宮四)
三角錐に削れました~!
御柱の長さは18m→16.7m(55尺)になります。
(前宮)
冠落としで削り落とした木片もお守りになります。
総代の方たちがかごに入れて、氏子さんや観光客に配っていきます。「大きいの、頼むよ!」氏子さんたちの声が聞こえます。ちょっとプラカゴなのが残念な感じ。イメージ的に竹かごとかにして欲しいなぁ。
次回御柱最終記事では、建御柱の建てる部分についてアップします。そちらでは前宮一之御柱で話を進めます。